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東京地方裁判所 昭和61年(ヨ)2355号 決定

債権者 伊東博行

〈ほか一名〉

右債権者ら代理人弁護士 嶋田隆英

同 桑原宣義

同 紙子達子

同 石野隆春

同 須藤正樹

同 山口英資

同 羽鳥徹夫

同 森賀幹夫

同 板垣光繁

同 田辺幸雄

同 蒲田哲二

債務者 東京コンドルタクシー株式会社

右代表者代表取締役 岩田寿

主文

一  債務者は、債権者伊東博行に対し、金一七〇万円及び昭和六三年四月から昭和六四年三月まで毎月二九日限り金二〇万円を仮に支払え。

二  債務者は、債権者橋本寿に対し、金二二〇万円及び昭和六三年四月から昭和六四年三月まで毎月二九日限り金二〇万円を仮に支払え。

三  債権者らのその余の申請をいずれも却下する。

四  申請費用は債務者の負担とする。

理由

第一申立

一  申請の趣旨

1  債権者伊東博行及び同橋本寿が、債務者に対し、いずれも雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2  債務者は、債権者伊東博行に対し、昭和六一年一〇月二一日から本案判決確定に至るまで、毎月二九日限り金二五万一六三七円を仮に支払え。

3  債務者は、債権者橋本寿にたいし、昭和六一年一二月二一日から本案判決確定に至るまで、毎月二九日限り金三〇万一一八九円を仮に支払え。

二  申請の趣旨に対する答弁

本件申請をいずれも却下する。

第二当裁判所の判断

一  当事者

債務者は、一般乗用旅客自動車運送事業を営む株式会社であり、タクシー乗務員は約二三〇名であること、債権者伊東博行(以下「伊東」という。)は、昭和五八年八月五日タクシー乗務員として債務者に入社し雇用されていたこと、債権者橋本寿(以下「橋本」という。)は、昭和二七年申請外光自動車に入社し、同社が昭和三〇年債務者に吸収合併された後も引き続きタクシー乗務員として雇用されてきたこと、橋本は、全国自動車交通労働組合総連合会東京地方連合会東京コンドルタクシー労働組合の執行委員長であることは、当事者間に争いがない。

二  本件各解雇

債務者は、伊東に対し、昭和六一年九月一日、口頭で同月三〇日をもって解雇する旨の意思表示をしたが、同月二六日、書面で解雇の期限を同年一〇月二〇日まで延期する旨の意思表示をし、同日をもって解雇したこと、債務者は、橋本に対し、昭和六一年九月二六日、書面で同年一〇月二七日をもって解雇する旨の意思表示をしたが、その後書面で解雇の期限を同年一一月二〇日まで延期し、さらに同月一五日、書面で解雇の期限を同年一二月二〇日まで延期する旨の意思表示をし、同日をもって解雇したこと、その解雇理由は、いずれも債務者の就業規則四六条一項二号「勤務成績が著しく悪く改悛の見込がないと認めたとき」に該当するというものであること(以下、債権者らに対する解雇を「本件各解雇」という。)は、当事者間に争いがない。

三  本件各解雇の効力

1  債務者は、「前記就業規則四六条一項二号にいう勤務成績の判断基準及び債権者らの成績について、

① 債権者らは、東京都内の運賃改定にかかわる査定資料とする原価計算対象会社三五社の平均営収及び債務者の平均営収を大幅に下回る営収を、常時、長期にわたってあげるに留まった。

② 債権者らの解雇前二年間の各月の営業成績順位は、債務者の全乗務員中、継続して常時低順位であった。

③ 債権者らは、半期ごとの賞与算定期間ごとに見ても、連続して著しく成績が悪かった。

④ 都内タクシーの営収は、勤勉の度合いを示す走行キロ及び営業技倆の巧拙を示すキロ当り収入の組み合わせにより決定されるが、債権者らはその両者とも劣っていた。

⑤ 橋本については、運賃認可時の査定原価に照らして著しく採算割れであった

ものであり、債務者らに対し再三注意・指導を行なったが、全く改善されなかったため解雇したのであって、本件各解雇は相当である。」と主張し、

これに対し債権者らは、「本件各解雇は、全く理由がないのになされたもので解雇権の濫用に当り、また、不当労働行為に当るので、無効である。」と主張する。

2  《証拠省略》によれば次の事実が一応認められる。

(一) 債務者会社では、タクシー乗務員の一乗務の所定拘束時間は一九時間であり、その中に休憩三時間、始業点検と帰庫後の後始末各三〇分が含まれる。最大拘束時間は、時間外労働二時間を入れた二一時間である(昭和五四年一二月二七日通達、債務者就業規則)。

(二) 債務者会社のタクシー乗務員の賃金には、賞与の支給されるA型と賞与の支給制度のないB型があり、債権者らはA型を採用している。債務者の乗務員賃金規定(昭和六〇年七月改定)によれば、A型賃金は、主に資格給(一乗務当り一万〇〇五九円、月一三乗務者一三万〇七六七円)と歩合給(一乗務当り営収が三万〇七〇〇円を足切額とし、月間営収がそれを越えた額に対し四五パーセント支給)からなる。一乗務当りの平均営収が右足切額を割った場合には、月間営収に対して四〇パーセントの歩合のみで、他の手当はなくなる。

右事実を前提に、債務者の前記主張について検討する。

3  債務者等の平均営収及び債権者らの営収順位を勤務成績の判断基準とする主張について

(一) 《証拠省略》によれば、債権者らの昭和五八年一〇月度(九月二一日から一〇月二〇日まで)から同六一年九月度までの各月の一乗務当りの平均営収は、伊東につき四万〇五一六円、橋本につき四万一二三三円であるのに対し、同期間の債務者の全乗務員の平均営収は四万六七七六円、東京都内のタクシー運賃改定の基本となる原価計算対象会社三五社の平均営収は四万七九二一円であること、右の三年間に債権者らの平均営収が債務者の全乗務員のそれを上回ったのは、伊東が三回、橋本が〇回であること、昭和五九年一一月度から同六一年一〇月度までの債権者らの月営収順位(一乗務当りの平均営収で比較)は、伊東は最下位が四回、そのほかに下位から一〇位以内が一四回あり、橋本は最下位が一回(さらに、昭和六一年一一月度にも最下位)、そのほかに下位から一〇位以内が一〇回あること、したがって、債権者らの平均営収は債務者の全乗務員の中で低い方であったことが一応認められる。

(二) そこで、債務者の就業規則四六条一項二号の「勤務成績が著しく悪く改悛の見込がないと認めたとき」との解雇理由につき考えるに、タクシー会社も営利の追求を目的とする私企業であるから、勤務成績が著しく悪い労働者の雇用を継続する義務が会社にあるとはいえないから、右就業規則の規定は一応合理性があるものといえる。しかし、どのような基準で勤務成績を判断するかは合理的なものではなくてはならないと解する。

前記のとおり、債務者における乗務員の所定拘束時間は一九時間であり、時間外労働二時間を含めた最大拘束時間は二一時間であるが、《証拠省略》によれば、債務者乗務員には、実働時間(ハンドル時間)が一七時間以上の者が多く、最大拘束時間が二一時間を超える場合も多いこと、営収額と労働時間とは通常正比例の関係があることが一応認められるところ、一乗務当りの営収額で乗務員の勤務成績を比較して解雇理由と結びつけるならば、乗務員に対し、休憩時間を切り詰めたり、最大拘束時間を超えたり、又時間外労働を強いる結果を招くことが予想されるところである。なぜなら、休憩時間を多くとったり、最大拘束時間を守ったり、時間外労働に服さない乗務員の営収が低くなることは当然予想されるからである。したがって、右解雇理由の合理性を検討する際、そのような営収額によって勤務成績を判断することは合理的とはいえないと考える。このように解しても、前記のとおり、債務者における賃金は足切額や歩合給によって、営収額が賃金にはね返るのであるから、乗務員は営収を上げるよう努めるであろうし、債務者としても低営収の者に他の者と同額の賃金を支払う必要はないから、債務者の営利の追求が困難になるとまでは考えられない。

(三) そこで、乗務員の労働時間の多寡にかかわらず営収を比較するためには、ハンドル時間一時間当りの営収額を見るべきである。債務者は、タクシー営業は時間帯別に営業内容、営収が異なるので、単なる時間当り営収では正しい成績評価はできないと主張するが、営収額を勤務成績の判断基準とする場合には、右のとおり時間当り営収で比較せざるをえないし、時間帯別に営業内容、営収が異なるとしても、時間当りの平均としての営収は意味があると考える。

《証拠省略》によれば、昭和六一年九月度(八月二一日から九月二〇日まで)において、債務者の全乗務員のハンドル時間一時間当りの営収は二七六六円であり、伊東は二三二六円、橋本は二四一一円であることが一応認められるが、債務者は同期間の時間当り営収が伊東及び橋本と同等ないしこれを下回る者が一〇数名いたことを自認するうえ、債権者らの時間当り営収が債務者において長期にわたり著しく低かったことを認めるに足りる疎明はない。

4  賞与期ごとの成績を判断基準とする主張について

《証拠省略》によれば、債務者では、タクシー乗務員の賞与をA型賃金者を対象に年二回、上期(対象期間は前年の一一月二一日から五月二〇日まで)と下期(対象期間は五月二一日から一一月二〇日まで)に支給していること、対象期間中の所定乗務数七八乗務のところ、七〇乗務以上の者を資格者とし、それらの者の同期間中の総営収額の平均をもとに基本賞与額を決めること、入社六か月以上で七〇乗務未満の者は、準資格者又は不完全資格者として乗務数に応じて減額されること、対象期間中日額営収が右平均値を著しく下回る者に対しては、算出額の八五パーセント支給に減額されること、伊東は、昭和六〇年上期と下期、同六一年上期のいずれも、乗務数は七〇未満であったこと、橋本は、昭和六〇年上期からの四期のうち、同年下期は七〇乗務未満であったことが一応認められる。

そこで検討するに、債務者は、伊東につき、賞与対象者の中で、昭和六〇年上期は日額平均営収が最低であり、昭和六一年上期は日額平均営収が最低であり、かつ賞与額が最低であったと主張し、橋本についても、賞与対象者の中で、日額平均営収が、昭和六〇年上期と同六一年上期は下から二位であり、同六一年下期は最低であったと主張するが、これを認めるに足りる十分な疎明はない。また、債務者は、債権者らだけが連続して一五パーセント減額の対象であったと主張するが、これを認めるに足りる十分な疎明はない。さらに、賞与は一〇〇名前後のA型賃金者を対象するもので、全乗務員の中での成績を位置付けるものではないし、仮にA型賃金者について賞与期ごとの成績を比較するとしても、勤務成績不良を理由とする解雇の際にハンドル時間一時間当りによらない営収額を成績の基準とすることは、前項のとおり合理的とはいえない。したがって、賞与期ごとの成績を基準とする債務者の主張も採用できない。

5  走行キロとキロ当り収入の組み合わせを判断基準とする主張について

債務者は、タクシーの営収は、勤勉の度合を示す走行キロと営業技倆の巧拙を示すキロ当り収入(総営収額を総走行キロで除したもの)の組み合わせにより、その多寡が決まり、債権者らはその両者とも債務者の全乗務員の平均より低く劣っていたと主張する。

走行キロとキロ当り収入の組み合わせにより営収の多寡が決まるというのは、通常はそのとおりであろう。しかし、本件疎明資料によれば、走行キロは、流しか付け待ちかというタクシーの営業形態によって差が出てくるし、走行キロとキロ当り営収にも、前3項で述べたような労働時間による差が出てくることが一応認められること、債権者らのそれらの数値が、債務者の全乗務員の平均以下だとしても、それ自体では解雇の合理的な理由とはならないことに照らすと、債務者の右主張は相当とはいえない。また、走行キロとキロ当り収入について、債権者らの成績が著しく低いと認めるに足りる十分な疎明はない。

6  橋本の営収は採算割れであったとの主張について

債務者は、東京都内のタクシーの原価計算対象会社三五社の昭和五九年二月当時の査定原価に基づく固定的必要経費(一乗務当り)に、橋本の一乗務当りの給与等直接人件費を加えると、橋本の一乗務当りの営収では不足し、採算割れであったと主張する。

しかし、《証拠省略》によれば、右査定原価は、実際の原価とは異なるし、債務者の原価とも異なること、固定的必要経費も、債務者の実際の経費とは異なることが一応認められるうえ、債務者の営業実態及び経費に基づく採算割れの主張、疎明はないから、債務者の右主張も採用できない。

7  債務者は、債権者らが債権者の注意・指導に従わず、成績が向上しなかったと主張するが、本件において、債権者らの勤務態度は独立の解雇理由ではないと解されるし、また、債務者の注意・指導は多数回行なわれているが、その多くは債務者の主張による成績評価に基づくものであるので、その成績評価基準が合理的とはいえない以上、成績が向上しなかったとしても、解雇が相当であるとはいえない。

8  以上のとおり、本件各解雇については、就業規則に定める解雇理由が認められるとはいえず、いずれも無効といわざるをえない。

したがって、債権者らは、債務者に対して、雇用契約上の権利を有する地位にあるものと一応認められる。そして、賃金が毎月二〇日締めの二八日又は二九日払いであることは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、解雇前三か月の賃金の平均月額は、伊東につき二〇万〇八五〇円、橋本につき二九万九〇二二円であることが一応認められるので、債権者らは、少なくとも右程度の各賃金請求権を有するものと認められる。

四  保全の必要性

《証拠省略》によれば、債権者らは、債務者からの賃金を唯一の生計の手段としてきたこ、解雇後はいずれも主に雇用保険金仮支給分や組合員の援助で生活してきたこと、伊東は、妻と幼児一人の三人家族であること、橋本は、妻と橋本の母と子供二人の五人家族であるが、妻と母は橋本の収入で生活してきたことが一応認められる。そうすると、債権者らには賃金の仮払の必要性が認められるが、右生活状況その他諸般の事情を考慮すると、昭和六三年三月までの過去の賃金については、その合計額(伊東については一七か月約三四一万円、橋本については一五か月約四四八万円)の約二分の一相当額、すなわち伊東につき一七〇万円、橋本につき二二〇万円の限度で必要性があるものとするのが相当であり、同年四月以降の賃金については、いずれも月額二〇万円の限度で必要性があり、その仮払の期間は、将来の事情の変更の可能性を考慮すると、いずれも昭和六四年三月までとするのが相当であると認められる。その余の賃金仮払の申請については必要性を認めるに足りる疎明はない。

また、債権者らは、地位保全の申請もしているが、これは任意の履行を期待する仮処分であるところ、本件において、賃金の仮払を命ずる以上に地位保全を命ずる必要性を認めるに足りる特段の疎明はない。

五  よって、本件仮処分申請は、債権者伊東については主文第一項の限度で、債権者橋本については主文第二項の限度でそれぞれ理由があるから保証を立てさせないでこれを認容することとし、その余についてはいずれも保全の必要性につき疎明がなく、保証を立てさせて疎明に代えることも相当でないからこれを却下することとし、申請費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 新堀亮一)

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